不登校スプレッド



何回か、「不登校占い」を重ねてきて


この度、博史先生のご協力を得て、


「不登校スプレッド」なるものを考案しました。


スプレッド、というのは、


タロットのカードの展開方法です。


何枚出すのか、それで何を見るのか、とかですね。



企業秘密なんで、全部は書けませんが、


不登校の子の保護者の方や、


不登校相談を受ける占い師さんもいらっしゃると思いますので、


参考になると思いますので、一部、


考え方のヒントをお伝えしておきます。



今まで、我が家の不登校を何回か占ってきて感じたことは。


「今学期、学校に行きますか」と問いを


ワンオラクル(一枚)で出した時には、


その子の本音とか、深層心理、とかいうことよりも、


「その時の気分」というのが出てくる感じがしたのです。


「気分」って、風の吹き回しじゃないですが、


コロコロ変わりますからね。


1~2日しか、もしかしたら持たないかもしれない。


でも、その1~2日の気分を、正確に出してくれてるのかもしれない。


そんな感じがあったんです。



でも、やっぱり、不登校って、


そんなに簡単には変わらない気がするんですよね。


だって、「何か」がイヤなんだもん。


その「何か」が一つではないことも多く、


そして、それが何か、もはや本人にも


よくわからない(自覚できない)ことも多くて、


そうしたらその「何か」が劇的に変わるって


なかなかないことだと思うので・・。



で、タロットでワンオラクルで観て、


そのたびに、良かったり悪かったりで


一喜一憂していたら、気持ちが疲れてしまいます。



まず、その、海で言えば上の方の、「波の状態」ではなくて


ゆったり静かに動いている「潮の状態」みたいな


深い部分を観ることが必要だと思います。



そして、学校に行くこと、不登校になること、


本人が何を望んでいるのか、いないのか。


原因も多岐にわたるので、


一つとはいえなかったりするので、


先生は?友達関係は?家庭は?などと


細かく見ていくことが必要かと思います。



何が良いとも悪いとも言えない、


なんとも複雑な様子が出てくる可能性もあり、


むしろ、そういう複雑さを


そのまま表現できるスプレッドが良いのではと思います。



これは、簡単に良いとも悪いとも言えないような、


離婚や、転職などにも応用できるのではと思っています。



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unndoukai




中一の娘ですが、


行きつ戻りつながら、


このところは葛藤が強くて


学校にいけない日が多くありました。



体育祭が近いというのに


体育祭の練習は、学校自体に行っていないため、


結局1、2回しかできず。



「種目なんだっけ?騎馬戦とかやるの?」などと訊いても


「行ってなさ過ぎて、なにをやるのかもわからん」


みたいな状況・・。


果たして、当日(今日)


行くのかどうかと思っていましたが、無事に行きました!



出場種目は、


・個人の徒競走


・学年種目

(皆が背を丸めて、小さい子がその背中の上を走って渡ってくやつ)


・全員リレー


・応援合戦


・綱引き


でした。



開始時間が早すぎて(8時台)


洗濯干しも終らず


駈けつけてみると、全員リレーからでした。



人数が多い学校なので、見つかるかな~と思ったのですが


うちの娘、ナチュラルにちょっと変わってるので、


ほとんどの子は普通に、直に頭にはちまきを巻いているのに、


帽子の上にはちまきを巻いている子が何人かいて、


そっち側かな~と思ったら、やはりそうでした(笑)。


しかもみんな短い靴下なのに、


娘は長いハイソックスなので、すぐわかる(笑)。


そういう子でよかった^^;




全員リレーでは


普段休みがちだし、特に今は運動もしないので


(こけるな~ こけるな~)とだけ念じてました。


こけなかった!・・よかったです、本当に!!



そして、綱引きでは、勝ちました!


飛び上がって喜んでました!



リレーでも、綱引きでも、


退場の時には私の前を通るんですね。


私、小さいんで、2列目以降にいると


見つけにくいと思うのですが、


ちゃんと見つけて、嬉しそうに手を振ってくるんです。


ああ、まだまだ「おかあさん」なんだな、


そして、「お母さんがいると安心」なんだなと


改めて思いました。



彼女が体育祭で、どんな様子を見せるのか、気になっていました。



その場にいたとしても、


「どうしてこんなことしなくちゃいけないんだろう・・」とか


「こんな暑い中,馬鹿馬鹿しいわ~」とか


思っている可能性もあるし。


笑っていたとしても


「このシーンで笑っとかないと変に思われるし」


みたいなことを思ってるとかもありえるし。


でも、そうではなく、ナチュラルに楽しそうでよかった!



皆で綱引きをして、勝って、飛び上がって喜ぶ!


なんて、学校以外では出来ない体験ですからね。



不登校の苦しさ、つらさは、


勉強が遅れるということだけではなくて


この、行事や部活をはじめとする


「みんなとするいろいろな経験」が


できなくなってしまうことも、


一つにはあると思います。


不登校と言われる子達でも


「学校が楽しい、と思う瞬間」って


時には、あるものなんですよね。



例えば、部活だけ学校に行くとか


行事関係だけ行くとか


(体育祭、合唱祭やその練習などだけ行く)


そういう行き方もあっていいんじゃないかなと


思ったりもして。



たぶん、当事者にしてみれば


(そんな時だけ来やがって、と思われるのが嫌だ)


とか、めっちゃありそうですけど。



でもまあ、その辺は


「もし羨ましいなら、あなたもそうすれば?」ってことで。


それなりにまあまあリスキーだけど、覚悟でね、っていう。



大学で、好きな科目を選んで取って、


その授業だけ聞くというスタイルがあるのだから、


ありといえば、ありなんじゃないかなと思うのですが。




不登校問題解決の一つの案として、


「登校できるようになる」と


「不登校でも良いじゃん」以外の


通常登校でも不登校でもない、


行きたくないけどしぶしぶ時々行く五月雨登校でもない


新しい選択肢!


「好きな科目とか、好きな時間だけ行けば良いじゃん!」


っていう。


これの最大の壁は、


「それを、先生や周りの生徒がどう受け止めるか」


っていうことなんですけど。



それって、


「学校で、学びたいことだけ、学びたいし


体験したいことだけ体験したいし


その他は自分で学びます」っていう


かなり独自の学び方で、


今の教育に対して、挑戦的ですらあると思うのですが・・。



皆さん、どう思われます?


よかったらコメントいただけたら嬉しいです^^☆




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いわゆる学生時代の「頭がいい」って


学力が高い、ということを意味します。



それは、本当の意味で「頭がいい」のとは


実はかなり違うというか・・。


そのうちの、ごく一部なんですよね。



IQが高い、という評価基準もありますが、


さらにその中の一部、というようなものです。



定期テスト、高校入試、大学入試・・


それらの問題には、大抵「定型」というのがあって、


それに沿って、求められるような解答を書く、


という、ある種の「特殊技術」なわけです。



この「特殊技術」習得に向いてる人っていまして、


・暗記が得意


・読み書きが得意


・紙に向かって何かを書くという勉強スタイルが得意


・負けず嫌い


こういうタイプは、おそらく学力(成績)が


伸びる傾向にあるのではと思います。



でも、社会人になってからの「頭のよさ」って


違うんですよね。


もっと、だいぶ幅の広い分野を指すことになります。



考えを動きに出来る「行動力」「実行力」


みんなをまとめあげられる「統率力」


何かを作り出す「創造力」


相手の気持ちや、未来の展開などを予想する「想像力」


小さな手がかりから、一を聞いて十を知る「洞察力」


とても高い視野から客観的に物事を見られる「俯瞰力」


何か一つのことに没頭して突き詰めて調べて考えきる「研究力」



その他にも


いわゆる「要領がいい」とか


「作業の段取りを組むのが上手」とか


どうやったら欲しいと思ってもらえるかっていう


「マーケティングの力」とか


とにかくどうにかやっつけちゃう「マネジメントの力」とか



みんな


「頭のよさ」の部類に入ると思うんですね。




当然、人間、「頭のよさ」が全てな訳では全然ないし。



まずは一番大事ともいえる、「体力」。



あとは、心の力。


「精神力」「忍耐力」


もう少し詳しく言えば「自分で自分の機嫌を取れること」とか



心や精神の色合いっていうのもありますよね。


「ポジティブさ」「寛容さ」「慎重さ」

「柔軟さ」「一途さ」「優しさ」とか


これはもう、良い悪いとかではなかったりもしますね。



まあ、これらを一言で言っちゃえば、


「人間性」と言えるでしょうか




だから実際には、社会人って


もろもろの「頭のよさ」プラス「人間性」で


勝負してるんじゃないでしょうか。



だから、実際には「学力」と呼ばれる


「教科書」に書いてあることをどうこうなんていう


「特殊能力」は


大人になって役に立つものの、一割にも満たないと思います。



いろんな起業家さんの話を聞いていると


成績オール3で年収一億を超えるようになりました とか


けっこう聞きますもん。



日本の教育も、いつまで「特殊技術」を磨く


ことばっかり一生懸命やってるのかなあと思いますが。



だから、学校に行っていなくても、


考えようによっては「特殊技術の習得」という呪縛から


逃れられて、他の力を伸ばす時間を手に入れたと


考えることも可能です。



本人も葛藤が多かったりして


なかなか簡単には


親子共々、そうは思えないかもしれませんが


ゴールをしっかり見つめておくと


途中はまあどうでもいいか、という余裕も生まれます。



うちもいろいろありますが、今、私の中には


「どうせ、大丈夫」という言葉が鳴っています。


(これ、「どうせ」っていうのが、ちょっとポイントです(笑))







お金のかからない政治



近ごろ、総裁選の話題が盛り上がってまいりました。


誰がなるんでしょうかね~。


陰に隠れてはいますが、


立憲の代表選も、どうなるんですかね~。



金権政治、ということで、


この度も、大変に騒がれた自民党ですが。



「政治には金がかかるんだ」って、言いますよね。


どうしてそんなにお金がかかるの?


一体、何にお金がかかるの?


これは、一般市民の素朴な疑問だと思います。



どうして、何に、そんなにお金がかかるのか。



ここをはっきりさせることで、


そこから逆算していくと、


「お金のかからない政治」が可能になります。



しばらく政治家事務所に勤めて、


政治を内側から見ていた経験のある者として。



結論は


「お金のかからない政治は、一般人が作る」


これです。


もう少し絞って言うと


「お金のかからない政治は、教育が作る」。



この教育、というのは


学校での、子供への教育はもちろんですが、


大人の学びも含みます。


教育っていうと、誰かから教え込まれるイメージがあるから


学び・理解・関心と言い替えた方がいいかな、大人の場合は。



まず。


政治、政治家の活動っていうと、


形としては、事務所がありますね。


そして、秘書がいますね。



政治家の活動って主に2つあって。



一つは、「政治活動」。


まあ、本来の仕事ですよね。


いろいろな問題について、聞き取りをしたり、研究をしたり、


それについて、「これ、おかしくないですか?」とか


行政に(国会議員なら政府などに、市議会議員なら市長や市役所に)


質問をします。


それで、政治を良い方向にもっていく、っていう。



・・でもですね。


これ、本来の仕事ですけど、一生懸命やっても


ほとんど票にはならんのですよ。


なぜって、誰も見てないから。


ほとんどの人が、興味を持って見ないから。



だから、本来の仕事をどれだけ頑張っても、


次の選挙で当選できるかどうか、とは無関係。



じゃあ、何をやったら


次回の選挙で当選できるのか?


そのための活動が選挙活動。



本来の正式な「選挙活動」は


それが国会か、県議会か、市町村議会かによって違いますが、


選挙前のわずかな期間に限られています。


ほら、選挙前に、選挙カーが走ってくるじゃないですか。


選挙カーが走っていい期間です。


正式には、「選挙活動」をしても良い期間って


その期間だけ、ということになってます。



ここで一度、私的な言葉の定義をしておきますと。


「選挙活動」っていうのは、「票を入れてもらうための活動」


ということになります。



実際には、「政治活動」と「選挙活動」を


はっきり二分することはできません。



例えば、陳情(一般の人の困りごとや要望)などを聞くのも


そのことで政治が良くなっていくなら


「政治活動」と言えますし、


その人個人に信頼してもらって、


その人や回りの人の票を集めたいという気持ちがあれば


それは「選挙活動」と言えます。



だから、街頭演説も、チラシまきも、陳情を聞いたりも、


全てグレーな活動ですよね。


でも実際には、やっている本人としては、


「選挙活動」に近いのではないかな~という


あくまでも、これは私の感覚ですが。



個人的には、これはかなり「政治活動」よりも


「選挙活動」にかなり近いな、と思うものもありまして。


それは、その活動をしたからとて、


何か政治が良くなるわけでもなければ、


一般の人に何かを啓蒙するわけでもない、という。



その主な活動としては、街頭へのポスター貼り。


そして、祭りめぐり。


祭りめぐりっていうのは、各地域の、神社とかの祭りや


市民祭り、盆踊りなどをめぐって、


みなさんに挨拶をして歩く、っていうやつですね。



いや、祭りでもね、たまに陳情みたいなこともあって


ちょっと話し込んだりしてることもありますよ。


でも、そんなの珍しいことで。


ちょっと会って、3分、5分、世間話して、


いい感じのアピールをして、


別にそれで、何も政治って良くならないじゃないですか。


だから「祭りとかイベントめぐり」は、


ほぼ「選挙活動」と、私は見ています。



でもねー、アホみたいですけど、


意外と、効くらしいんですよ、この作戦。


電話かけとかしてると聞きますもん。


「この前、この地域の祭りで見かけました!投票しますね!」


とか。


ありがたいなと思いつつ、いいのかそれで?とも思いますよ^^;



ポスターも、選挙区に1000枚貼ったら落ちない、


なんていうジンクスも聞いたことあります。


まあ、それで貼りまくって落ちた人も見たことはありますが・・。


なんでポスターを沢山貼ると当選するのか。


みんなが、「なんか、見たことある」って言う理由で


投票するからだそうです。


でも、これも、たぶんそうなのかなと思う節が。


やはり電話かけなどしてると、


「あ、あの角にポスター貼ってるよね、見た!」みたいな


良い感じの反応があるんですよね・・^^;



そういう風だから、なんですよ。


その人が、政治家として、どういう仕事をしているのか、


どういう理想を持って、


どういう世の中にしたいと思っているのか


どういう質問をして、何を変えることができたのか、


そこを、ほとんどの人は見ない。



そして、「祭りで見た」「ポスターを見た」


そういう理由で投票するから、


政治家は、時間を作っては「祭りを巡ろう」


「ポスターを貼ろう」っていう活動をする。




ポスターを貼るには、


そこの家の人の了解を得なくてはなりません。


しらみつぶしに、戸別訪問で訪ねては、


「ポスターを貼らせてもらえませんか」とお願いする。


そのための人員を、何人も雇わなくてはなりません。


人件費もかかります。


ポスターも、直射日光や風雨に耐えられる素材ですから


安くはありません。一枚数百円かな。


台風が来れば破れて、それもメンテナンスに行かなくてはならない。


そこにも、場所によっては半日分くらいの人件費が。


そんなアホみたいなことに、


ひとつも世の中が良くならないようなことに、


今日もたくさんのお金がつぎ込まれています。



これ、逆算して。


ゴールから考えたら、めっちゃ簡単な話なんです。



選挙前に、配られるチラシを見て、よく読んで、


内容をちゃんと把握して、


それで一人ひとりが投票できたら


ほとんどすべて解決なんです。



アメリカの選挙とかでも、


膨大にお金がかかるのはテレビのCMとかにかかるようですよ。



トランプと、もう降りたけどバイデンのテレビCM、


ちょっとだけ見ましたけど。


ほんとに「イメージ」だけ、ですからね。


どんなことやったとか、ないですからね。


でも、そこで膨大な票が動くから、


結局、大金をつぎ込んでTVのCMを作って


流してもらうんですよね。



チラシ読んで、考えて、投票する。



これだけで、本当に政治って変わるのに。



またそんなこと言って・・どうせ・・


と思って、投票に行かないあなた。


その「棄権」という行動も、


ちゃんと政治的には計算に入っていて、


「どうせみんな投票にろくに行かないから」という


前提で、政治は動いています。



どうせみんな


チラシも読めないんだし


見たことあるとか会ったことあるとか


雰囲気で投票しちゃうんだし


なんなら


ほとんど投票も行かないんだし


だったら


好きにさせてもらうわ



っていうことで


今の金権政治みたいなことになってるんで



完全に市民はばかにされきってるんで



どうぞ次回の何らかの選挙には


「チラシを読んで投票する」という


6年生でも出来るあたりまえのことをやって


政治家を「ぎゃふん」と言わせてやってください。




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